涙が出るほどいい話



641 :二重跳び :04/09/04 23:04 id:LYOjLF9S
20年以上も昔のこと。
オレの家はプチ貧乏で、小4の時の小遣いは月320円だった。
320円というのは、当時のてんとう虫コミックの単行本の価格で、漫画が好きだったオレと母親との交渉で決定した金額だった。
で、毎月1冊漫画を買うのがささやかな楽しみだったのだ。

冬のこと。
体育の授業になわとびが加わった。自分はこのなわとびの授業が毎年大嫌いだった。
苦手だったからではない。
クラスメイトがビニール製のスケルトン調の縄を使ってるのに対し、
貧乏家のオレは、オヤジがどこからか拾ってきた麻のヒモで作った縄でなわとびをやっていたのだ。
クラスメイトは気をつかってか、そのことには一言も触れなかったが、オレにはわかるんだよ、偏見の目が。
そしてある日決心した。
今度の小遣いは漫画を買わず、みんなと同じかき氷シロップ色のきれいななわとびを買おうと。
 
買いました。ブルーハワイ色のビニールなわとび。
体育の授業はもちろん、休み時間もみんなに混じってなわとびなわとび。
なわとびがこんなに楽しいなんて。

その数日後、午後の授業中に窓際席のオレは運動場に目をやった。
午前に授業が終わった一年生グループがなわとびをやっている。
その中にはオレの弟がいた。
泣いているようだ。

どうやら友達に麻ロープの縄をバカにされているらしい。
顔を真っ赤にし、涙が頬をつたわっているのがここからでも確認できる。
家に帰ると弟が部屋で漫画を読んでいた。
オレが毎月買ってる漫画だ。
一年生のやつは、まだ小遣いをもらってなくて、おれの買った漫画で喜びを満たしてる身分だ。
オレは彼に言った。
明日授業が終わったら、オレの授業が終わるまで待ってろと。

授業後、下駄箱で待ってた弟を連れてなわとび紐を買いに行った。
好きな色を選べと言ったら、兄ちゃんが青だから、この緑のやつにすると言った。
メロンソーダ色だ。

翌日から、校庭で友達と元気になわとびをやっている弟をたびたび目撃した。
ああ、よかったなあと思い、歳をとるにつれてそんな昔の出来事は自分の記憶から一切消えた。
そして24年後の現在。


貧乏だったオレは高校卒業後、夢も希望もなくフリーターになり、職を転々とし、現在小さな会社に勤めている。
弟は世間では一流とされる大学を出て、東証一部の会社に入り、ひと昔前のトレンディドラマに出てくるようなマンションに住み、何ひとつ不憫のない生活をしていた。

自分とは正反対の人生を歩む弟をうっとうしく思い、おれは遠ざかっていたし、会うのも避けていた。
そんな弟が突然会社を辞め、大学院に進学したのは2年前。
そして卒業を控えた去年の12月のことだ。

研究を続けるために大学院に残りたいという弟。
かっては都心のカコイイ部屋に住んでいたヤツも現在では大学院近くの6畳一間だ。
奨学金を得る書類に保証人の印鑑がいるということで、オレを呼び出したのだった。

パソコン、プリンタ、分厚い資料の山、いかにも研究者の部屋といったカンジだ。
ダンボールの中に電化製品のACアダプターコードがからまり入っている。
好きにすればいいじゃんと言い、印鑑を押し、部屋を出ようとした時、
ダンボールの中に一本の緑のなわとびが見えた。
小学生とかが使うあのなわとびが。

その時は何も気がつかなかった。
帰る電車の中で、上記の昔の記憶がよみがえった。

弟があの時のなわとびを今も大事にしていたのが驚きだった。
正反対な人生を歩んでいたとはいえ、今もこうしてダメ兄貴を頼っているのかとおもうと、
うれしくなり、電車内とはいえ頬に熱い涙が伝ってきた。